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名古屋高等裁判所 平成4年(う)145号 判決

本籍・住居

愛知県尾西市東五城字若宮前一五番地の一

会社役員

小林正雄

昭和三年三月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、名古屋地方裁判所が平成四年五月八日に言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官寺坂衛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護士山中孝茂、同山路正雄、同豊島時夫連名の控訴趣意書ならびに控訴趣意補充書に、これに対する答弁は検察官寺坂衛の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意のうち法令適用の誤りをいう点について

所論は、本件については刑法六条を適用し裁判時の軽い刑が適用されるべきであるのに、これをしなかった原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、たしかに、本件各犯行時と原判決時との間において基礎控除、税率等に関する所得税法の改正があり、原判決は、明示してはいないものの、所論のいう裁判時の軽い刑ではなく、行為当時の重い刑を適用したものと解されることは、所論指摘のとおりである。しかし、本件は昭和五七年分ないし五九年分の所得税を免れた事犯であって、所論の指摘する税法の改正を定めた昭和六三年法律第一〇九号附則二条に「なお従前の例による」と明示された「昭和六三年分以前の所得税」についてのものである。右附則の規定によって、本件についてはそもそも税率等の改正が及ばず、従って刑の変更の問題を生じないのであって、このことは罰則についての経過規定の有無に関わらないことは勿論である。原判決には所論のような法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣旨のうち事実誤認、審理不尽等をいう点について

所論は、原判決が、(一)本件における各年分の所得金額、ほ脱税額を算定するにあたり、未収利息額を具体的に算定しなかった点、(二)被告人の妻からの借入金に対する支払利息を所得計算上の必要経費に算入しなかった点、(三)被告人が主張した合計金額二七九万一〇〇〇円を昭和五九年度の貸倒損失と認めなかった点を論難し、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認((一)、(三)につき)、審理不尽((一)につき)、法律解釈の誤り((二)につき)がある、という。

そこで、検討すると、いずれの所論も理由のないことは以下のとおりである。

(一)  本件では、いわゆるサラ金業を営んでいた被告人が各年度とも正確な記帳をしていなかったばかりか、返済金明細カード、現金出納帳など会計記録の多くを本件の調査をうける前に廃棄しているため、これらの資料に基づいて未収利息の金額を算定することは不可能であり、それどころか実際の利息収入額についても残存証拠の範囲内で把握せざるを得ず、そのことは特に昭和五八年分について顕著である。

ここにおいて、原判決は、権利発生主義に則って各年度の総利息所得額を認定するにあたり、現金利息収入については残った記録や供述証拠の示す範囲内で具体的金額を認定した上、問題の未収利息関係については、状況証拠ないし間接的証拠に依拠して、それが真実はいかなる額であれ、ここに算入しても各年度の総利息所得額を減少させる結果にはならないとの事実を推認し、以上を総合して現金利息収入額の限度で各年度の総利息所得額を把握するにとどめたものである。

右は結局のところ、刑事裁判の一般原則に従い、証拠上確かな範囲内で総利息所得額を認定したということに帰着する。このような場合、実体的真実との埀離が生じるのはやむを得ないところであって、実体的に真実な総利息所得額、ひいてはほ脱税額が確定されない以上無罪だとすることはできない。

問題は、本件で未収利息を算入しても総利息所得額は減少しないとする推認の当否であるが、原判決の補足説明のとおり、昭和五七年から五九年までの現金利息収入額、貸倒額はいずれも年々増加している。しかも、被告人はこの間に新規店舗を開設して事業規模を拡大しているが、新規店舗の現金利息収入は年々飛躍的に増加し、被告人の収入全体に占める割合が高くなっている。これらの客観的状況にかんがみれば、昭和五七年から五九年までの各年度末の貸付金債権残高は逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものと推認されるものであり、これに伴って未収利息額も逐年増加しているか、少なくとも前年を下回ることはないものとみることができる。そうすると、前年末と当該年末における未収利息額を算入しても、各年の総利息所得額は現金利息収入によって計算した総利息収入額よりも減少しないものと合理的に推認することができるのであって、原判決の推認は経験則に照らして相当というべきである。

二十数店を数えた被告人の事業所のうちの僅か二か所だけで、それも廃棄を免れて残存する資料によって昭和五九年末に未収利息額が五八年末にそれを下回る計算がなされたとしても、右の推認は妨げられない。右のとおりであるから、原判決には所論のような事実誤認や審理不尽の点はなく、所論は採用できない。

(二)  妻からの借入金に対する支払い利息が被告人の事業所得の必要経費にあたらないことは、所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)五六条の規定に照らして明らかである。同条は配偶者らが事業者から給与ないしこれに準ずる所得の支払を受ける場合にのみ適用されるべきであるとの所論は、独自の見解であって採用することができない。また、所論のように解さなければ同条は憲法一四条一項、一三条に違反するとの主張も、原判決の補足説明のとおり理由がないというべきである。従って、原判決の法律解釈に誤りはない。

(三)  所論の主張する合計二七九万一〇〇〇円の各債権について、昭和五九年中に債権放棄されたとはいえないし、同年中に回収する見込みの全くないことが客観的に確実になったともいえないことは、原判決の認定するとおりである。当審における事実調べによれば、債務者飛田薫について昭和五九年一二月一七日に破産宣告の申立があったことが認められるものの、この点によっても、右原判決の認定を誤りとすることはできない。所論の金額が昭和五九年分の貸倒損失金にあたらないとした原判決の認定は正当である。

以上のとおりであるから、各論旨はいずれも理由がない。

三  控訴趣意のうち量刑不当をいう点について

所論は、原判決の被告人に対する量刑が過酷に失し不当である、というのである。

しかしながら、本件における脱税額は合計一六億六〇〇〇万円余もの巨額にのぼり、脱税率も通算で九五パーセントを超えるのであって、単に脱税額が巨額であるだけにとどまらず、被告人はサラ金事業による所得の大半につき脱税したものであり、その犯情は甚だ悪いというべきである。また、脱税の態様はいわゆるつまみ申告であって事前の秘匿工作を伴うものではないとはいえ、主要な会計書類を焼却廃棄し、その結果正確な所得金額の把握を困難にしており、この点も量刑上軽視できず、犯行の動機にも格別斟酌すべき点はない。

そうすると、被告人の罪責は重く、本件対象期間の所得税本税等を既に納付し、重加算税、延滞税も分割納付中であること、被告人には前科・前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情をいかに考慮しても、懲役刑の執行猶予が相当な事案とはいえず、懲役二年六月及び罰金三億円に処した原判決の量刑が重過ぎるとはいえないのであって、量刑不当をいう論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉裕 裁判官 松山恒 裁判官 川原誠)

平成四年(う)第一四五号

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 小林正雄

右被告人にかかる頭書被告事件についての弁護人らの控訴趣意の要旨は左記のとおりである。

平成四年一二月九日

右被告人弁護人

(主任)弁護人 弁護士 山中孝茂

同 山路正雄

同 豊島時夫

名古屋高等裁判所第二刑事部 御中

原判決には左記のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り、及び事実誤認、並びに量刑不当、審理不尽の誤りがある。

以下列挙する。

第一 刑法六条の適用遺脱について

本件事犯には、刑法六条を適用して、新旧税法を比照し、裁判時の軽い刑を適用すべきであるのに、これをしなかった法令適用の誤りがある。

一 本件各事犯はいずれも昭和五七年分ないし同五九年分の確定申告時か、遅くとも確定申告期限に犯罪が成立するとともに完了している。

二 右犯罪完了後であることの明らかな昭和六三年一二月三〇日付け同年法律一〇九号(以下「法一〇九号」という)第一条により

○ 所得税法八六条一項の基礎控除の金額が増額され、ひいて課税所得金額が減少し、

○ 同法八九条一項の税率表が改正されて、原判決認定の被告人の実際所得の場合は著しく所得税額が減少し、

右各改正規定は同法附則二条の規定により、同六四年分以降の所得税について適用されることとなった。

三 原判決認定の実際所得金額が仮に存在するとして、法一〇九号による改正規定を適用して算出した確定申告により納付すべき所得税額(実際申告額よりも低い)及び、ほ脱税額は添付一覧表のとおりであり(原判決認定のほ脱税額との比照の便宜のため原判決添付の別紙二、四、六の「脱税額計算書」「税額の計算」と標題のある書面と同形式を用いた)、法一〇九号の右二の改正規定を本件事犯に適用した場合にはほ脱税額が著しく減少することは明らかである。

四 所得税のほ脱税額は、所得税法二三八条二項の規定により罰金の上限となる旨規定され、罰金額算定の基礎となるものであるから、税額の改正も刑の変更にあたることは確立した判例、学説である。

1 参考判例

(一) (添付資料1)

大阪高等裁判所昭和二五年三月一八日判決(高裁刑特報一〇号四八頁)

照明器具の税率が犯罪時の一〇〇分の五〇から、裁判時までに一〇〇分の三〇に改められた物品税法違反事件につき「刑法第六条は一般的に犯罪後の法律によって刑の変更のあったときは軽きものを適用すべき旨命じており右税率が課税標準額の百分の五十から百分の三十に引下げられた以上、一応右法上にいわゆる刑の変更のあった場合ともいえる筋合がある」旨の判示部分がある。

(二) (添付資料2)

大審院昭和七年四月一日判決(大審刑集一一巻三一八頁)

織物消費税の税率が昭和六年法四九号で、従来の織物価格の一〇〇分の一〇から一〇〇分の九に改正せられ、犯罪が改正前に行われ、裁判が右法律による改正後になされた事犯に関し、原審が「犯罪後の法律に因り刑の変更ありたる場合である」旨判示したのに対し、大審院判決は右判示そのものはこれを認めている。

2 参考学説

(三) 注釈刑法総則(1)三二頁

法律による刑の変更は直接的か間接的かを問わない。

罰金額算定の基礎となる税額の改正も刑の変更である。

旨述べられている。

五 法一〇九号中、基礎控除及び税率変更が刑の変更に当らず、刑法六条の適用を妨げる特段の理由がない。

1 刑の変更を伴う法律改正があっても、例えば「従来の行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による」など、いわゆる罰則に関する経過規定があるときは、刑罰規定については何等変更がないものと解すべきことは、判例、通説の確定しているところである。

(一) 参考判例

(1) 添付資料3、最高裁判所昭和三二年一一月二七日判決(集一一巻一二号三一一三頁)は「刑法六条は犯罪後の法律により刑の変更がなされた場合に適用のある規定であって、本件の如く右地方税法一五一条三項の如き規定を設け、特に、従前の行為に関する罰則の適用については、なお、従前の例によるものとした場合には、従前の行為に関する限り刑罰規定については何等の変更を見ないのであるから、刑法六条はその適用の余地がないものといわなければならない」旨判示している。

(2) 前記資料1の大阪高裁判決は「刑法第六条は一般的に犯罪後の法律によって刑の変更のあったときは軽きものを適用すべき旨命じており右税率が課税標準額の百分の五十から百分の三十に引下げられた以上、一応右法条にいわゆる刑の変更のあった場合ともいえる筋合があるが右改正法附則第二項には「この法律施行前に課した若くは課すべきであった物品税についてはなお従前の例による」旨の規定があり、また同第二十一項においては「この法律による他の法律の改正前になしたる行為に関する罰則の適用についてはなお従前の例による」と規定している結果、前記刑法第六条の規定は自らその適用の余地なきに至ったものと解するのが相当である旨判示している。

(二) 参考学説

前記注釈刑法三三頁に同旨の記載がある。

2 法一〇九号には基礎控除に関する所得税法八六条一項、税率に関する同法八九条一項の税率表の改正が規定され、右規定は、いずれも従来の税法より税額減少を生ずる規定であるが、右改正に伴う、いわゆる罰則についての経過規定がない。

3(一) 法一〇九号附則二条には、所得税についての経過規定があり、「第一条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という)の規定は、昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」旨規定されている。

右規定は、行為に対するものではなく、あくまで所得税についての規定であって、これにより本件事犯の対象年度分の所得税そのものの金額は、各当時の税率等が適用される。

(二) 一方、法一〇九号による改正後の脱税事犯については、特段の規定のない限り右改正後の罰則が適用されるから、裁判所は、法一〇九号による改正後の税率等を適用して算出された所得税額に基づく、ほ脱税額を罰金額の上限とする罰則を適用するとともに、罰則の適用上は改正後のほ脱税額をほ脱税額として自由刑についても量刑すべきものである。

(三) ところで、法一〇九号中、税率及び基礎控除額の改正を含む所得税の改正部分については、いわゆる罰則の経過規定は全く置かれていないから、刑法六条にいう「犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるとき」に該当するので、原判決は新旧両法を比照し、軽い法一〇九号による改正後の税額による罰則を適用すべき義務があった。

参考判例

〈1〉 法改正があっても改正前の罰則を適用するためには罰則についての経過規定を要するとするもの

○ 資料1、大阪高裁昭和二五年三月一八日判決

○ 資料2、大審院昭和七年四月一日判決

○ 資料3、最高裁判所昭和三二年一一月二七日判決

〈2〉 法定刑に変更ありたるときは新旧両法を比照すべきものとするもの

○ 別添資料4、最高裁判所昭和二四年一〇月一日判決(刑集三巻一〇号一六二九頁)

「罰金額につき変更があったので刑法六条に従い軽い行為時当時のものによる」とする判旨

○ 別添資料5、最高裁判所昭和二五年三月三一日判決(刑集四巻三号四六二頁)

「犯罪後罰金等臨時措置法によって法定刑が変更せられたときは、新旧両方の刑を比照すべきである」とする判旨

○ 別添資料6、最高裁判所昭和二六年七月二〇日判決(刑集五巻八号一六〇四頁)

「犯罪後の法律により刑の変更があったのに、新旧両法につき刑の比照をせず、重いものを適用処断した判決は、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない」とする判旨

(四) 従来他の法律はもとより、税法においても、税額すなわち法定刑の変更を伴う改正があったときは、罰則の経過規定もおくのが常であった。特に間接税については忠実に守られてきた(控訴審において立証予定)。

(五) 国税当局や検察官は、法一〇九号に所得税法についての罰則の経過規定がないことを指摘されるや、同号による改正があっても、同法附則二条の規定によって、昭和六三年分以前の所得税については、従前の例による、とされているから、同年以前の所得税はその当時の税法により計算された税額に基づくほ脱税額が罰金刑の上限となるので差支えない旨弁解し、裁判所もたやすくこれに同調するものがあるが、右は資料1の判例にも違反するのはもとより、右附則二条があって、罰則についての経過規定がないからこそ、刑法六条の問題が生ずることを看過したものである。

すなわち、右附則二条があるので、同六三年以前の所得税については、各当時の税法による所得税額となり、法一〇九号の改正による同六四年以後の所得税額よりも高額となるのであって、ひいて、罰金額に変更を生ずるのである。

したがって、改正前の罰則を適用するためには、右附則二条のほかに罰則についての経過規定が必要となるのである。

(六) このことは、資料2の大審院判決とも矛盾するものではない。

右判決は「改正法施行前に消費税を課すべき織物等については、従前の例による」旨の附則があった場合に関するもので、消費税だけでなく、右織物等についてのすべての規定(罰則を含む)についての経過規定があった場合に関するものである。

六 以上のとおり、原判決は、法一〇九号により、基礎控除、税率につき規定が改正され、犯罪後の法律により刑の変更があったのに、その比照をして、軽い改正後の法律を適用しなかった法令違反があり、右違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 未収利息の金額について

一 この点について原審弁護人らは原審において次のとおり弁論した。いささか煩瑣であるが引用し、これを本書においても援用する。

1 いわゆる脱税事犯については、各公訴事実ごとに、真実のほ脱税額を計算して、その金額を確定する必要がある(昭和三八年一二月一二日最高裁判決、税務訴訟資料四九号九五頁参照)ことは言うまでもない。

2 本件事犯のように、各年末に未収利息が存在する場合は、その期首、期末の未収利息を計算し、これを各年中に現実に入金のあった利息収入とあわせて各年の収入金額を計算すべきものであることは会計基準の発生主義の原則、所得税法三六条一項の「総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」旨の規定によって明白である(昭和四六年一一月九日最高裁判決、税務訴訟資料六三号九三四頁、ほかに同旨判決多数あり)。

3 弁護人らは、つとに法廷及び法廷外において、立会検察官に対し、度々右2の理論を説明してきたほか、平成二年一〇月二二日付け弁護人らの冒頭陳述においても、未収利息の計上洩れを指摘したが、

検察官は、

(一) 口頭でこれを拒絶し続けていたほか、同年一一月一四日付意見書において、

〈1〉 被告人が現金主義で計算していたから会計の原則に反するものではない。

〈2〉 現金収入利息金額が逐年増加しているので、未収利息もこれに比例すると推測するのが合理的である。

〈3〉 本件三年間のうち、昭和五七年分の入金利息額よりも同五九年分のそれが約三億円増加しているから、本件三年分を通算すると未収利息も増加していると推認されるから、未収利息を計算しなくても被告人に不利益にならない。

などと主張して、結局「本件においては、現金主義によって、利息収入金額を確定する」旨述べ、弁護人の要求があっても検察官は前記発生主義の原則、所得税法の規定、判例に反して、現金主義によって、利息収入金額を確定する旨宣言し、以来これを改める旨の意見の表明はなく、右方針を堅持して結審に至り、

(二) 更に論告において、現金主義による計算で収入金額を算定するのが相当である根拠として、

〈4〉 未収利息の算定に必要な証拠書類を被告人が廃棄し、ために未収利息の算定が不能である。

〈5〉 店舗が昭和五九年を除いて増加している。

〈6〉 貸倒金は、本来回収すべき未収利息が回収不能になったものであるが、貸倒金が逐年増加している。

などと理由を追加している。

4(一) しかしながら、検察官たるものは、被告人の計算、弁護人の意見に反してでも元来、法の規定に従い、正当な所得金額、ひいて真実のほ脱税額を計算すべき義務がある。

被告人及び弁護人らは、未収利息の金額は現金収入利息の金額と比例せず、しかも本件においては、本件各年分の全部又は一部において期首よりも期末の未収利息が少ない蓋然性が高い上、検察官たる者は被告人の利益、不利益にかかわらず、法の規定、判例にしたがって、正当な所得金額等を算定すべきものであるから未収利息を計算すべきであると主張しているのである。

これを無視することは不当である。

(二) その上、検察官が未収利息を計算する必要がないとする理由は、不当である。

(1) まず、被告人が現金主義で計算し、毎年度に現実に入金のあった利息収入のみを収入金額に計上していたから、それによって計算しても会計の原則に反するものではないというのは詭弁である。

税法は発生主義によるべきことを、はっきり定めており、本件においては未収利息を計上すべきことを義務づけているし、判例も同旨であるから、被告人が現金主義という間違った会計基準で計算しておれば、正しい発生主義基準にしたがって未収利息を計上する義務があり、現に名古屋国税局管内においても、サラ金業者が現金主義で計算している場合は、未収利息も計上させ、正しい金額を計算して所得を算出しているのが実務である。得手勝手は許されない。

(2) 次に、本件三年間の利息収入金額が毎年増加しているので、未収利息金額も増加していると推認されるから、未収利息を計算しなくとも被告人の不利益にならないとの主張も誤りである。

〈1〉 被告人金勝弘にかかる所得税法違反事件の控訴審(大阪高等裁判所)において、弁護人の未収利息を計上すべきであるという主張に対し、立会検察官(大井恭二検事)は昭和五九年九月一八日付答弁書において、有限会社恭栄クレジットの法人税法違反事件につき算定された未収利息と貸付債権残高との対比について、つぎのような関係にある旨説明している。

年度 貸付債権残高(単位千円) 増加率 未収利息(単位千円) 増加率

昭五一、七期 二〇三、七九九 一〇〇% 四、一六八 一〇〇%

同五二、七期 三三八、七四六 一六六・二% 四、二九四 一〇三%

同五三、七期 六九九、六〇三 三四三・二% 八、八九〇 二一三・二%

同五四、七期 七二三、五九七 三五五・〇% 一一、六五一 二七九・五%

〈2〉 右関係は、貸付金残高と未収利息との関係で、現金入金利息金額と未収利息金額の関係ではないが、貸付金残高(約定金額であって、法定超過利息分を元本に入金して計算する法律上残存する貸付金の残高ではない)と現金入金利息金額は、いずれも、貸借当事者の約定によるものであり、約定貸付金残高に応じて、約定利息が現金で入るのであるから、ほぼ比例するものである。

したがって、右恭栄クレジットの事例を本件に適用することに何の支障もない。

そこで、実際に未収利息を計算した前記(1)の恭栄クレジットの計算結果を資料として貸付債権残高の増加率と未収利息の増加率を対比すると次のとおりとなる。(少数点二位まで、三位以下四捨五入)

年度 〈A〉貸付債権増加率% 〈B〉未収利息増加率% 〈B〉/〈A〉%

昭五二、七期 一六六・二 一〇三 六二・〇〇

同五三、七期 三四三・二 二一三・二 六二・一二

同五四、七期 三五五・〇 二七九・五 七八・七三

〈3〉 右の数字は、たまたま恭栄クレジットというサラ金業者だけの、ごく限られた年度の数字を対象としたものであるが、右のとおり、貸付債権残高が増加しても、未収利息は貸付債権残高の増加率の六二パーセントしか増加しない場合もあり、七八・七三パーセント増加する場合もあるが、増加率がこれより低い場合があることを否定できる科学的根拠はない。

いずれにしても貸付債権残高の増加率よりも未収利息の増加率が低いことが分かる。

〈4〉 本件事案では、現金利息収入は、検察官の主張によると

昭五七年分 一五億六三一九万〇四四八円

同五八年分 一五億九七五八万三九二二円

同五九年分 一八億七九九五万〇六三一円

であるとのことであるから、

これによって、それぞれの対前年比、増加率を見ると、

同五八年分は 一〇二・二〇% 二・二%増

同五九年分は 一一七・六七% 一七・六七%増

にすぎない。

〈5〉 したがって、これを前記〈2〉の貸付債権増加率と未収利息増加率を対比した〈B〉/〈A〉のうち六二%を適用すると、昭和五八年の現金利息収入は前年比一〇二・二〇%であるから、これに六二%を乗ずると、同五七年末の未収利息と比較した同五八年末の未収利息の割合が算出される。

即ち一〇二・二〇%に〇・六二を乗じた六三・三六%となり、したがって、同五八年末未収利息は同五七年末の未収利息の六三・三六%しかなく、同五八年の未収利息は期首よりも期末の方が減少していることになる。

次に同年分につき、〈B〉/〈A〉のうち一番高い値の七八・七三%を適用しても一〇二・二〇%に〇・七八七三を乗じた八〇・四六%となり、同五八年末の未収利息は同五七年末の未収利息の八〇・四六%しかなく、やはり同五八年の未収利息は、期首よりも期末の方が減少している計算となる。

〈6〉 同様方法で同五九年分の未収利息の期首と期末の金額割合を計算すると次のとおりとなる。

〈B〉/〈A〉のうち六二%を適用すると、同五九年の現金利息収入は同五八年のそれと比較して一一七・六七%であるから、これに〇・六二を乗じて得られる七二・九六%は、同五九年末の未収利息が同年初め(同五八年末)の未収利息に比較して七二・九六%しかなかったこと、即ち同五九年の未収利息は、期首よりも期末の方が減少している計算となる。

〈B〉/〈A〉のうち、七八・七三%を適用しても、一一七・六七%に〇・七八七三を乗じて得られる九二・六四%は、同五九年末の未収利息が同年初めの未収利息に比較して九二・九六%しかなく、やはり、未収利息は期首よりも期末の方が減少している計算となる。

〈7〉 前記〈1〉〈2〉記載の実例のとおり、約定貸付金残高と未収利息金額とは、その増減比率が比例しないのである。

比例しない理由は、弁護人の冒頭陳述でも簡単に触れているし、検察官請求の大阪高裁判決の理由中にも若干触れているように、約定貸付金の残高は、利息制限法に関係なく、貸借当事者間の契約にしたがって元金の返済及び残高が計算されるのに対し、未収利息は最高裁判所の判決により、支払利息中利息制限法を超過する部分は元本の返済に逐次充当され、しかも期末の未収利息は、法律上残る元本に対し利息制限法所定の利率により計算された金額であるから、約定利息を長期間支払っている債務者の未収利息は、約定貸付金残高がいくら多額でも零となることは珍しいことではない。

したがって、未収利息は、約定貸付金残高や現金収入利息と比例するものではなく、実際に計算してみないことには不明なのであり、かつ、約定貸付金残高の増加率や、それにほぼ比例する現金収入利息の増加率よりも未収利息の増加率が低いのが当然なのである。

これを具体的数字によって説明する。

別添資料1、別紙一覧表(1)は一〇万円を、ある年の四月一日に、期限二か年、利息は日歩二五銭で、貸付の翌月から一か月ごとに毎月支払いを受ける約束で貸付け、その利息を六回、一二回、一八回(計算が複雑となるので連続して受取ったものとする)受取った場合の、法定利率により計算した貸金元本残高である(これが最高裁判例により確定している、その後の未収利息計算の基礎となる貸金元本である)。(資料はいずれも省略)

この例の場合は、一五回にわたって約定利息を受取れば、法定利率で計算すると、貸金元本はなく、反って、一、七七八円の過払いを受けていることとなり、借主から請求されれば、右金額を返還しなければならないことになる(月により日数が異なるので、貸付けた月を何時にするかによって利息、残元金は僅かながら変化する)。

別添資料2、同一覧表(2)は、右と同様の貸付方法(貸付月日は計算の必要上異なる)により貸付けたが、年末までに何か月間か利息の支払いがなく、したがって未収利息の計算が必要となった場合について、若干のケースを想定して、未収利息がいくらになるか計算したものである。

その一つは、年末二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおりそれまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は一、八六〇円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は六一三円に過ぎない。前記のとおり一五回以上利息の支払いを受けている場合は貸金元本がないので未収利息はない。

その二は、年末六か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを二回しか受けていないときの未収利息七、九一一円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は一、八三九円に過ぎない。

その三は、年末一二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は一万一一三五円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は三、六六九円に過ぎない。

このように、帳簿上貸金残高が一〇万円と表示されていても、その未収利息は、それまで入金した約定利息の金額、利息が滞ってからの月数(正確には更に約定利息の支払いが途中で滞った場合の計算もしなければならない)によって大きく変わるのである。

したがって貸金元本残高が逐年増加していても、未収利息が増加しているか否かは、実際に未収利息の計算をしてみないことには分からず、未収利息の増加率は約定貸付金残高や現金収入利息の増加率よりも低いのである。

右数字によって推認できることは、サラ金業経営が長くなればなるほど、長期間約定利息を支払っている顧客が増加し、約定貸付金残高や、現金収入利息が増加しても、利息制限法適用による法律上の貸金残高や未収利息は著しく減少することである。

〈8〉 前記大阪高裁判決が、弁護人の未収利息計算必要説を退けた理由には多大の不当な理由が存するが、それでも、当該事犯では貸金債権残高が、昭和五三年から同五五年まで年々増加し、同五三年末は対前年比三五・七%の増加、同五四年末は同五九・五%の増加、同五五年末は同五七・九%の増加と著しい増加率を示している事実があり、本件のように増加率の極めて低い事犯とは同一に論じられないところがあることに特に留意すべきである。

〈9〉 したがって、本件においては、実際に未収利息を計算した恭栄クレジットにかかる法人税法違反事件について、未収利息と貸付金残高との相関関係を明らかにした前記4の(二)の〈1〉〈2〉の例によると、本件各年分の未収利息は、期首よりも期末の方が少ない蓋然性が高いのである。

〈10〉 また、検察官は本件三年分を通じて、その始期よりも終期の未収利息が多いと推認されるから、未収利息を計算しなくとも被告人に不利益ではない旨主張するが、本件三年分を通じても、その始期よりも終期の未収利息が多いと推認できる根拠がないことは前記説明のとおりである上、本件公訴事実は、それぞれの年度ごとに独立した犯罪とされているのであるから、各年分について被告人に有利、不利を問題とすべきものであって、三年分一括しての有利、不利を問題とすることは妥当でない。

〈11〉 論告において検察官が追加として主張した現金主義会計による収入金額算定を相当とする理由も不当である。

○ まず、被告人が未収利息の算定に必要な証拠書類を廃棄していたから、未収利息の算定が不能である旨の点については、検察官の当初の主張と相反する。

検察官の当初の主張は、右の理由を根拠としていなかったことは前述のとおりである。

被告人の行為によって証拠書類がなくなったのか、他の原因によってなくなったのかについては関係なく、証拠がなくて立証すべきものを立証できないのであれば、要するに検察官の要証事実について立証がなかったことに変りはない。

例えば、陸上で人を殺した者が、被害者を海中に投棄した上、自首したとしても、自白以外になんらの証拠がなければ起訴できないのと同様である。

○ 店舗が昭和五九年を除いて増加しているから未収利息も増加している旨主張も不当である。

前記金勝弘にかかる大阪高裁判決の説示理由を援用したものであろうが、店舗が増加していれば、新店舗の顧客の約定利息支払期間、ひいて約定利息支払額が法定利息を超過する金額が少ないであろうという点は合理的推論で是認できるが、それだけでは新店舗が増加していると未収利息金額が期首よりも期末の方が多いとまでは推論できない。すなわち、新店舗は増加しても、その新店舗による貸付金額が少なく、旧店舗の貸付金額が、被告人の総貸付金額のほとんどないし、相当高い割合を占めている場合は、新店舗の増加による未収利息の期首、期末の数字に、ほとんど影響はないことになる。

例えば、新店舗を何店増加させても新店舗での貸付けが全くなければ、新店舗の増加は未収利息の計算に全く何の影響も及ぼさない。

新店舗による約定貸付金残高なり、現金収入利息金額が、総店舗に占める割合を検討した上でないと検察官の主張には実際上の根拠が薄い。ところで、本件では、五八年の店舗が五七年より一一店(七九パーセント増)も増えているのに貸付金残高とほぼ比例して増減する現金収入利息金額は、昭和五七年と同五八年がほぼ同額であり、店舗の増加していない同五九年は同五八年に比べて金額にして約三億円、割合にして約一八パーセント増加しているに過ぎないから、右金勝弘にかかる事犯のように店舗数の増加と同時に、前記のとおり、貸付金残高も飛躍的に増加しているのと同一に論じ得ない。

○ 次に貸倒金は本来回収すべき未収利息が回収不能になったものであるので、貸倒金が逐年増加しているから未収利息も逐年増加している旨の主張も肯認できない。

ア 検察官は「貸倒れ金は、本来回収すべき『未収利息』が回収不能となったものである」との前提のもとに、各年度の貸倒れ金が逐年増加しているから、各年末の未収利息は増加していると推測するのが合理的である旨主張しているが、右主張は、まず、その前提において誤りである。

貸倒れ金に計上しているのは、約定貸付金(法律上のものではない)の回収不能分の金額であって、未計上の「未収利息」を貸倒れ金に計上できるものではない。

イ 加えて、貸倒れ金に算入できるのは、原則として貸金の回収の見込が全くなくなった時とされているが、その時点の判断は実際のところ難しい。例えば回収の見込の有無についての金額基準がない。一〇円や一〇〇円でも回収できるのであれば回収不能と言えないと言うのであれば、回収不能ということは、ほとんどの場合あり得ない。税務当局の実務でも、債務者が利息として一〇〇円だけ支払ったのがあっても、利息の支払があったから回収不能ではないと言うのもあるし、経済的採算性を考慮して、ごく僅かの印ばかりの支払いは支払いとして考えない例もある。

したがって、回収の困難になった貸金を貸倒れに算入するか否かは、被告人の裁量によるところが多い。

被告人のようなサラ金業者が貸倒れにするか否かを決定するのは、税法の規定のみに基準をおくものではなく、営業店舗の成績を見て、焦付きの回収よりも新規貸出に注力する方が利益になると考えれば、焦付き債権を通常よりも早く貸倒れ損として落してしまうし、焦付き債権の回収が手抜きされていると思えば、通常なら貸倒れに落す場合でも貸倒れにしないこともある。

経営者として顧客、従業員の動向、経済情勢等を勘案して貸倒れ損算入時期が決定されていたのは当然であろう。

記録によると、被告人が貸倒れ処分としていた数字は査察当局、検察庁においてほぼそのまま認めており、検察官も論告でその旨主張している。

一方、実際に回収不能になっている焦付き債権でも、被告人が貸倒れ損としていない分は、税務当局、検察庁において進んで貸倒れに見ているものはない。

したがって、検察官が、被告人の計上した貸倒金が

同五七年 九四〇九万一三四〇円

同五八年 二億一五九六万五一一一円

同五九年 二億五二五三万二九四六円

となっていることをもって未収利息金額と比例していると断ずるのは誤りである。貸倒れ金と未収利息は何の関係もない。

現に、検察官は、現金利息収入と未収利息と貸倒れ金は比例する旨主張するが、現金利息収入は、検察官の主張によると前記(4)のとおり

同五七年 約一五億六千万円

同五八年 約一五億九千万円

同五九年 約一八億八千万円

であって、現金収入利息と貸倒れ金は比例していない。

しかも、起訴状によると、その実際所得金額は

同五七年 約九億六千万円

同五八年 約六億一千万円

同五九年 約八億七千万円

となっているところ、

同五七年と同五八年の現金利息収入がほぼ同額であるのに、同五七年の所得金額が同五八年より約三億五千万円も多くなっている原因の大半は、検察官冒頭陳述要旨添付の修正損益計算書によると、同五八年に人件費が一億四千万円ほど増加したのと、貸倒れ損失を約一億二千万円多く計上したからであり、同五九年の利益が同五八年に増加したのは、利息収入の増加がそのまま現われたものであることが認められる。

ところで、現金収入利息が、ほぼ同額ということは、その元になる利息の入るいわゆる優良債権(サラ金業界では、約定利息が、ほぼ約定日に入金する貸付金をこう呼んでいる)額(約定金額)が、ほぼ同額であることを意味するし、優良債権と、利息が約束どおり入らなくなったいわゆる管理債権の比率は、あまり変化しないのが通常であるから、同五七年末と同五八年末のいわゆる管理債権はほぼ同額であり、これをいつ貸倒れ処分にするかを決める被告人が、同五七年末には貸倒れにしてもよいものをあえて貸倒れにしなかったことが、現金利息収入は、同五七、五八年とも、ほぼ同額であるのに、計算上の実際所得金額に大差がついた原因であって、未収利息と貸倒れ損とは全く何の関係もない。

〈12〉 以上のとおり、本件事犯においては、未収利息を計算しなければ、正確な所得金額、ひいてはほ脱税額の計算は不可能であるのに、正当な理由もなく、弁護人の未収利息の計算要求を拒否し、違法な現金主義会計による現金収入利息を収入利息金額とする旨宣言し、未収利息について何らの立証も行わなかった検察官の所為は違法であり、かつ、未収利息を計算すれば、被告人の本件各年度の所得金額、ひいてほ脱税額は起訴(訴因変更後)金額よりも減少する蓋然性が高いから、未収利息を算入していない本件各公訴事実記載の実際所得金額、ほ脱税額は真実の金額でない蓋然性が高く、ひいて本件公訴事実については、その立証がないものとして被告人に対しては無罪の言渡しをすべきものと信ずる次第であります。

二 被告人は原審の当初から、本件事犯対象各年分の収入利息を計算するためには、未収利息を計算する必要がある旨主張し、主張、立証責任のある検察官の主張、立証を要求し続け、現金主義でよいなどと主張して、被告人の要求を拒否する検察官に対し、裁判所の然るべき釈明権の行使、訴訟指揮等による真実発見措置を期待したが、原審も検察官に対し、何らの訴訟指揮等を行わず、漫然として判決において、未収利息計算の必要性はこれを認めながら、種々の推論を駆使して、各年分の期首の未収利息金額よりも期末の未収利息金額が多いと推認されるから、これを計算しなくとも被告人の不利益にはならないとして、未収利息の計算をしなかったことは違法にはならないと判示した。

三 おそらく、別件サラ金業者金勝弘にかかる大阪高等裁判所の判決を参考として、その手法に従い、毎年分の期首よりも期末の未収利息が多いと推論したのであろうが、未収利息だけは実際に計算してみないと、どんな結果がでるか判らないもので、その理由については神戸地方裁判所で判決のあったサラ金業者恭栄クレジットの例も引用し、原審において実例を示して説明しておいた。

また、大阪高等裁判所の右判決の事案は、毎事業年度、約定貸付元本残高が相当大巾に増加している事案であるのに対し、本件事案は、店舗数が昭和五八年中に大巾に増加したものの、現金収入利息金額は、ほぼ三年間とも大差のない事案であるから、それだけでも根本的に異なる事案であるので、右大阪高裁判決の手法を利用することは、妥当を欠き、被告人の利益を害する蓋然性が大きいことに留意し、審理を尽くすべきであったのに、これを怠った。

四 そこで、やむなく原審判決後、被告人において、原始記録である個々の客の貸付カードが残っていて、その未収利息の計算ができる岩倉店と栄店の二店の昭和五九年分の期首、期末の未収利息を計算した(計算資料が膨大なのでようやく、この二店の計算ができた)。

その結果は左記のとおりであった(控訴審において立証する)。

岩倉店(昭和五七年九月開店)

年分 現金収入金額 約定貸付元本残高 未収利息(年末)

昭和五八年 一六、六六九、九二八円 四七、二五二、〇〇〇円 三一四、五九七円

昭和五九年 四二、八六六、七五〇円 五一、〇二八、〇〇〇円 二四六、八五九円

増減比率 二五七パーセント 一〇七・九九パーセント 七八・五パーセント

栄店(昭和四七年一月開店)

年分 現金収入金額 約定貸付元本残高 未収利息(年末)

昭和五八年 一五九、〇三二、六九七円 三二七、六六九、〇〇〇円 一、五六五、九二二円

昭和五九年 一六六、一九六、九四七円 二八〇、一二一、〇〇〇円 一、一五六、〇六三円

増減比率 一〇五パーセント 八五・五パーセント 七三・八パーセント

五 百の推理は一の実験、一の事実に劣る

原審は、収入利息、特に昭和五七年以降新設の店舗の収入が逐年増加している事実や、貸付債権(約定分と思われる)残高自体は前年を下回ることはないと思われるなどの推理、推論により、前記のとおり、各年分の期首よりも期末の未収利息が増加していると認定した根拠とした。

しかし、現実に計算した結果は、前記四のとおりで原審の推理、推論が誤りであることを実証した。

すなわち、昭和五七年九月に開店した名倉店は、収入金額が原審の指摘するとおり、同五八年分より同五九年分が二五七パーセントに増加したのにかかわらず、未収利息は反対に、同五九年分が前年比七八・五パーセントに減っているのである。

約定貸付元本残高も、同五九年分残高が一〇七・九九パーセントと増加しているのに、未収利息は同五九年分が七八・五パーセントと減少しているのである。

古くから開店している栄店も比率割合こそ異なるものの、収入金額が増えても、未収利息は反対に減少している。

約定貸付元本残高も八五・五パーセントと減ってはいるが、未収利息の方が、それよりも更に低く、七三・八パーセントと減少している。

したがって、原審が、未収利息の計算をしなくとも被告人の不利益にならないとの判断は、その根拠がなくなり、被告人の主張の正しさが実証されたのである。

六 この点原審は判決に影響を及ぼすべき事実を誤認していることが明らかである。

脱税事件においては、その数額を確定する必要があり、その数額を確定できないときは無罪を言渡すのが裁判所の義務である。殺人事件で被告人が自供していても他に証拠がなければ、無罪を言渡すほかない。裁判所は法を厳格に守り、特に被告人の利益を害することのないよう細心の注意を払う必要がある。

たかが、未収利息の金額が不明であることをもって多額の脱税事犯を無罪にするのは抵抗があるかも知れないが、刑事裁判の鉄則はあくまでも守らねばならない。

原審としては、被告人の主張を考慮し、未収利息を算定できる資料が残っている分についてでも検察官に調査を命じ、被告人の主張の当否について審理する義務があるのに、これを尽くさなかった審理不尽の不当も存する。

第三 被告人の妻小林行からの借入金の支払利息について

一 原審は、被告人が被告人の妻に支払った借入金の支払利息を必要経費に算入できないとし、その理由として所得税法五六条の規定及び、同法条の立法趣旨は

〈1〉 我が国においては、いまだ一般に家族の間において給与等対価を支払う慣行がなく、事業から生ずる所得は通常世帯主が支配しているとみるのが実情に即していること、

〈2〉 給与等対価の支払という形式にとらわれてこれを一般に必要経費と認めることとすると、家族間の取りきめによる恣意的な所得分割を許すこととなり、税負担のアンバランスをもたらす結果となること、

〈3〉 我が国では記帳習慣がまだ一般的とはなっておらず、企業と会計との区分が必ずしもはっきりしていないところから、給与等対価の支払の事実の確認に困難が伴うこと、

などにあるとされており、本件の場合においても、特に〈2〉、〈3〉の問題点は無視できないのであって、これを規制する必要性、合理性も認められる上、これによる不都合があるとしてもそれほどのものではないから、この規定が憲法一三条、一四条一項に違反するとの主張も理由がない。

旨判示した。

二 しかしながら、右判示は以下述べるとおり法律の解釈を誤ったもので不当である。

1 そもそも、所得税法(以下「法」という)五六条の規定中、居住者と生計を一にする配偶者らが居住者の営む事業に従事したことその他の事由により、当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は必要経費に算入しない旨の規定は、給与所得ないし、これに準ずる所得となる金員を配偶者らが受ける場合に限定されるものと解するのが相当であり、もし、本件のような支払利息まで必要経費に算入できない旨の規定であれば憲法第一三条及び第一四条第一項に違反し無効な法律である。

(一) すなわち、法五七条は、同五六条を受けて、給与の支払を受ける場合には、一定の手続き、条件のもとに、支払者の必要経費に算入する旨規定している。

したがって、同五六条は、納税者から給与ないしこれに準ずるものとして支払を受ける配偶者らに適用されるものと解すべきであって、このように解さなければ次の理由により同五六条の規定は違憲となる。

(二)(1) 憲法第一四条第一項は

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

旨規定している。

納税者と生計を一にする配偶者らに対する支払について、納税者については必要経費に算入しないこととし、配偶者らについては、その所得がなかったことにする旨の法五六条の規定が本件支払利息に適用されるのであれば、それは、「納税者(居住者)と生計を一にする配偶者ら親族という社会的身分により政治的に差別するものであるとともに、我国における世帯主なり納税者が、事実上夫である男性であることに鑑みると、この場合の配偶者は妻である女性であるから、女性を経済的に男性に従属させる立法であり、性別による政治的、経済的差別である。

(2) また、憲法第一三条は

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。

旨規定している。

法五六条の規定を原判決のように解すると、まず、被告人の妻は個人として尊重されないことになる。支払利息を受けても、その金員を受けた者として取り扱って貰えないのである。

生計を一にしようが、生計を別にしようが、個人として変りはないのにである。

被告人の妻に対する被告人の利息支払を、被告人の必要経費に算入し、被告人の妻が受けた利息について所得者となることが公共の福祉に反するところはない。

次に、幸福追求には当該経済的利益追求も含まれる。生計を一にする妻から資金を借り、利息を支払って営業する納税者に対して、その支払利息を必要経費と認めないのは、一方で納税者の経済的利益追求に対する国民の権利を害し、他方生計を一にする配偶者らの権利を害するものである。当該納税者としては、金融機関ないし他人あるいは、生計を一にしない妻から金員を借り入れてこれに利息を支払った場合と、生計を一にする妻から金員を借り入れてこれに利息を支払った場合の経済的負担は同一である。一方はこれを必要経費に算入でき、一方は必要経費に算入できない合理的根拠はない。

原判決は生計を一にする配偶者らに対する納税者の対価の支払いを容認すると事実と相違する対価の支払いを仮装し、脱税が横行するであろうから、これを防止するため必要な規定であると主張する税務当局の立法理由を根拠とするが、それは生計を一にしようが別にしようが関係はない。

親族間で事実と相違する取引を仮装することは、生計を一にしない者の間でもよくあることで、これについては法一二条(実質所得者課税の原則)の規定を活用して税務当局において一般納税者に対しては適切ないし適切以上に厳しく対処しており、生計を一にする親族のみを別異に取扱う必要はない。

(3) 生計を一にする配偶者らに対する支払利息等対価の支払いは現在の社会状況の下では、必要経費に算入することを当然認めなければならない。

例えば、近時相続において、他人の妻となった者も、その実父母が死亡すれば、その遺産について兄弟同様平等の権利を主張し、女性が結婚後、相当多額の財産を相続する例は多い。

仮に、夫が、生計を一にするけれども財産は別にする妻(最近この傾向は著しい)から、妻が実父の死亡により相続した財産の金員を借りて一千万円の収益(利息支払前)をあげ、妻に銀行借入利率と同率の計算で四〇〇万円の利息を支払ったとする。

原判決認定のとおり法五六条を解するとすると、夫は実際の所得が六〇〇万円しかないのに、一〇〇〇万円の所得があったとして、累進税率の適用を受け、同所得相当の所得税を支払わねばならない。

一方、妻は四〇〇万円の利息収入があっても申告し、納税をする義務はないが、四〇〇万円の所得があったとできない。

一定の所得があることを条件とする団体に加入したいと思っても、税務署は所得証明を出してくれない。

これが、同居していても生計も別にしている夫婦なら、夫は支払利息を必要経費に算入でき、妻は支払利息による所得があることを証明して貰える。

どういう理由でこのような差別が正当化できようか。

法五六条を原審判決のように解することが現代社会において、いかに公平を欠き、不公正な結果を招き、憲法に違反するかは右の例によっても明らかである。

原判決の判断は、旧憲法、旧民法の下での戦前の生活形態であれば、おおかたにおいて社会的妥当性が認められるであろうが、現憲法の下における現在の社会情勢には適合しない。

第四 貸倒損失の否認について

一 原審は、被告人が主張した一一件合計二七九万一〇〇〇円の貸倒損失の必要経費算入を否定し、その理由として被告人が、当該債務者に対し、昭和五九年中に債権を放棄したともいえないし、同年中に回収する見込みの全くないことが客観的に確実になったともいえないとするが、同年中に被告人が債権放棄をしたとの事実は被告人も主張していないところであり、異論はないが、同年中に回収する見込みの全くないことが客観的に確実になった旨の判断は事実を誤認したものである。

貸倒れ計上基準については原審判決認定のとおりであるが、債権回収の見込みが不能であることが確実になる時期は、債務者がいくばくかの金員を支払った直後において生じることもあり得るのである。

例えば、利息の一部を支払った直後に債務者が働いて借金を返そうという意思を失い負債ばかりで資産がないことを理由として自己破産を申立てた場合に、その申立が真実であれば、それは債権回収の見込みが不能であることが確実になったのである。

債務者飛田勲の場合はその適例である。

したがって、その時点で貸倒れ損計上は認められて然るべきである。

一方、検察官は弁護人が申立てた右貸倒れ損計上相当の貸金につき、回収の見込みがあることを立証できなかった。

必要経費に当たらないことについても検察官に立証責任がある。

したがって、本件貸倒れ損失はこれを認めるべきものである。

第五 量刑不当

原審において取調べた証拠及び本書第一、第三、第四の各事実並びに理論などに徴すると、被告人に対する量刑は過酷に失し不当である。

第六 以上のとおり原判決の右諸点の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はいずれの点よりするも破棄を免れないので、これを破棄し、更に適正な判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

以上

別紙二

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

別紙四

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

別紙六

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

資料1

〈省略〉

資料2

〈省略〉

資料3

〈省略〉

資料4

〈省略〉

資料5

〈省略〉

資料6

〈省略〉

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